大判例

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高松高等裁判所 昭和41年(う)159号 判決

被告人 平木覚

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、右猶予期間中被告人を保護観察に付する。

押収にかかる運転免許証(当庁昭和四一年押七二号の一)中、偽造にかかる写真欄、氏名欄、生年月日欄及び本籍欄はこれを没収する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある高知地方検察庁検察官検事斎藤正雄作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、原判決が、原判示の本件普通自動車運転免許証の氏名、本籍及び生年月日欄の各記載は不鮮明であつて、記載とはいえない程度のものであるから、右免許証を目して偽造公文書となすことはできないと判断したのは、本件文書の偽造性に対する認定評価を誤つて事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤り、その結果、当然有罪とすべき事案に対し無罪を言渡したのであるから、原判決は到底破棄を免れないというのである。

よつて、所論に鑑み、記録を精査し、原審で取調べた各証拠並びに当審証人中村浩治の供述を綜合すると、次の各事実が認められる。すなわち、

(一)  高知県室戸市元甲一九三三番地居住の脇本司(昭和一七年八月一八日生)は、高知県公安委員会から、昭和三九年九月三〇日普通自動車免許を受け、同日右免許証(当庁昭和四一年押七二号の一)を交付されたのであるが、その後誤つて、これを着衣とともに洗濯したり、便所に落したりしたため、氏名欄等のペン書きの部分は汚損して不鮮明になり、紙の折り目は切断され、相当破損した状態になつていたところ、昭和四〇年五月下旬頃室戸市浮津室戸小学校前附近において右免許証を紛失した。

(二)  被告人は、右同日頃同所において、右免許証を拾得したのであるが、昭和四〇年九月一八日午前九時頃被告人の肩書住居地の自宅において、右免許証に貼付されていた前記脇本司の写真を恣にはぎ取り、同所に自己の写真を貼付し、氏名欄の脇本司の文字のうち脇及び司の文字、生年月日欄の昭和、年、月、日以外の数字、本籍欄の高知県室戸市以外の文字を水で湿した指でこすりとり、その跡の氏名欄等に、鉛筆で、平と覚、9、2、30、浮津227の各文字を記入したのである。

(三)  被告人は原判示第一の日時場所において、同判示の普通乗用自動車を運転中、交通取締にあたつていた安芸警察署司法巡査中村浩治から、速度違反容疑で職務質問を受けた際、前記免許証を自己の免許証であるとして同巡査に提示したのであるが、同巡査は、なんら疑念を抱くことなく、右免許証は被告人に対し交付された免許証であるとして、所定の手続をとり、右道路交通違反容疑事件を処理したのである。

以上の各事実が認められるのである。ところで、原判決が、「被告人が抹消のうえ書き入れたと称する氏名、本籍、生年月日の部分には、被告人の姓名、本籍、生年月日にほぼ合致した文字が記入されているような形跡はあるが、それらは記載といえない程度のものであり、こういつた免許を受けたものの姓名、本籍、生年月日の記載を欠いだ運転免許証は到底一般人をして公安委員会作成の文書であると誤信させるものとは言い得ないし、公文書の持つ信用性に対する何等の危険をもたらすものでもない」と説示し、本件免許証は偽造公文書にはあたらないと判断したことは、論旨指摘のとおりである。

しかし、公文書偽造罪の成立には文書の形式又はその内容を偽わつた所為が、一般人をして公務所又は公務員がその権限内において作成した文書であると信ぜしめるに足る程度の形式外観を具有し、公文書の信用を害すべき危険があれば足りる(大正元年一〇月三一日大審院判決参照)のであり、しかも右形式外観を具有する以上、その形式において多少欠くるところがあつても、偽造公文書に該当するというべきである(昭和二五年六月三日大阪高裁判決、高裁刑事判決特報第一三号四四頁参照)。

ところで、自動車運転免許証は、道路交通法等に基づき、公安委員会により特定人に一定の車両の運転が許容された事実を証明するため、所定の用紙に当該特定人の写真が貼付され、その氏名等が記載され、公安委員会の作成交付する公文書であり、免許を受けた自動車運転者は、自動車を運転するときは、常に必ず当該自動車にかかる免許証を携帯していなければならないのであり、警察官から提示を求められたときはこれを提示しなければならないのである。したがつて、右免許証は、失念してそのまま着衣とともに洗濯されることもあり得るのであり、それによつてその記載事項である氏名欄等のペン書部分が汚損し、不鮮明となりもしくは消失することはもとより、右免許証自体が汚損ないしは破損することのあるのは、日常生活上経験されるところである。また、警察官が、交通取締にあたり、当該免許証の所持人が本人であるか否かを確かめるためには、主として免許証に貼付されている写真によつていることは、自明の理であるから、右写真の貼付は免許証中極めて重要な事項であるというべく、最高裁判所が「特定人に交付された自動車運転免許証に貼付してある写真をほしいままに剥ぎとり、その特定人と異なる他人の写真を貼り代え、生年月日欄の数字を改ざんし全く別個の新たな免許証としたときは、公文書偽造罪が成立する。」と判示しているのも(昭和三五年一月一二日第三小法廷決定、最高裁刑事判例集第一四巻第一号九頁参照)、右の事実を重視しているためであるに外ならないと解すべきである。

したがつて、一般人をして真正に成立したものと誤信せしめるに足る程度の形式外観を具備した運転免許証といえるかどうかは、その局部的な文字の鮮明、不鮮明さだけに着目して判断すべきものではなく、その作成名義部分、貼付された顔写真並びに免許証全体の汚損ないし破損等の状況、程度等を綜合的に観察して決定すべきものであると解するを相当とする。

さて、本件運転免許証全体の汚損ないし破損等の状況及び程度は、前記(一)説示のとおり相当甚だしかつたことが認められ、その氏名、生年月日及び本籍欄の各記載は、前記(二)説示のとおりであり、その記載が鮮明でないことは事実であるが、全く記載を欠いでいるという程不鮮明ではなく、したがつて判読し得ないというわけではなく、写真貼付欄には鮮明な被告人の写真が貼りつけられており、同写真に押捺されている契印は公安委員会のそれに酷似しており、かつ、高知県公安委員会の作成したものであること、同委員会の印が押捺されていること、免許証番号、交付年月日、有効期間及び免許の種類欄の各記載は鮮明に読みとれるものであることが認められるのである。

前記のように汚損もしくは破損の甚だしい免許証については受交付着において、これを補修したり、また、その記裁事項をペンないし鉛筆で記入補筆することにより、免許証としての効力を保持しようとすることも受交付者心理として一概に排斥し難いものがあるというべく、免許証の記載事項中、インクで記載された部分が消失ないし不鮮明になつた場合、その部分に氏名等を鉛筆で記入もしくは補筆し、その記載が不鮮明であつても、被告人の写真が貼付されていること並びにその他の記載が不鮮明であつても、被告人の写真が貼付されていること並びにその他の記載が前記のとおりである以上、同免許証を閲覧する一般人をして、同免許証の受交付者は被告人であり、被告人が誤つて同免許証の入つた着衣を洗濯する等したため、その記載事項中インクでペン書きされていた氏名等が消失ないし不鮮明になつたので、その部分を鉛筆で記入したものであろうと誤信させる可能性は十分に存するのであるから、氏名等の記載が不鮮明であるとの一事をもつて、一般人をして、公安委員会より発行された自動車運転免許証であると誤信させるものではないと即断することはできない。現に交通取締にあたつていた司法巡査中村浩治でさえ、本件免許証が被告人に交付されたものであると信じて疑わなかつたことは前記(三)説示のとおりである。

そうすると、本件公訴事実中、被告人の有印公文書偽造及び同行使の各所為は優に肯認できるといわなければならない。然るに原判決が前記説示のような理由で、右の点について無罪を言渡したのは、事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤つたものというべく、右過誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、本件一、二及び三の各公訴事実は、併合罪であるから、原判決は全部破棄を免れない。

よつて、刑訴三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四〇年九月一八日午前九時頃、高知県室戸市浮津二七六番地の自宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、かねて入手していた高知県公安委員会作成名義の脇本司に対する普通自動車運転免許証に貼付してあつた同人の写真を剥ぎ取つてその跡に自己の写真を貼付し、さらに、氏名欄の「脇本司」の文字のうち、「脇」及び「司」の文字を抹消し、鉛筆で、同所に「平」及び「覚」の文字を書き込み、そのほか本籍欄、生年月日欄等を書き換えるなどして、恰も、右運転免許証が被告人に対し交付されたもののように作為して、同委員会作成名義の自動車運転免許証一通を作成偽造したうえ、同年同月二七日午前一〇時過頃同県安芸郡田野町二一一九番地先道路において、交通取締中の高知県巡査中村浩治に対し、これを真正に成立したもののように装い提示して行使し、

第二、公安委員会の運転免許を受けないで、前記昭和四〇年九月二七日午前一〇時過頃、前記道路において、普通乗用自動車(大五む第七四三七号)を運転し、

第三、右第二記載の日時場所において、公安委員会が道路標識によつて最高速度を三〇粁毎時と定めているにかかわらず、右最高速度を超える四八粁毎時の速度で前記自動車を運転し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(再犯加重の原因となる前科)

被告人は、昭和三五年七月一日(同月一六日確定)安芸簡易裁判所において、窃盗罪により懲役八月に処せられ、昭和三六年二月二三日右刑の執行を受け終つたものであつて、右の事実は、検察事務官作成にかかる前科調書によつて明白である。

(法令の適用)

罰条

判示第一事実につき

刑法一五五条一項、一五八条一項

判示第二事実につき

道路交通法六四条、一一八条一項一号、罰金等臨時措置法二条一項(所定刑中懲役刑を選択する)

判示第三事実につき

道路交通法六八条、二二条二項、九条二項、一一八条一項三号、同法施行令七条、高知県公安委員会告示一九号、罰金等臨時措置法二条一項(所定刑中懲役刑を選択する)

牽連犯

判示第一の有印公文書偽造罪と同行使罪とは、手段結果の関係にあるので、刑法五四条一項後段、一〇条を適用して、犯情の重いと認められる有印偽造公文書行使罪の刑に従つて処断することとする。

再犯加重

刑法五六条一項、五七条

併合罪の加重

刑法四五条前段、四七条、一〇条、一四条

刑の執行猶予及び保護観察

刑法二五条一項、二五条ノ二の一項前段

没収

刑法一九条一項一号、二項

当審における訴訟費用負担の免除

刑訴一八一条一項但書

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤謙二 木原繁季 越智伝)

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